LOGO1.jpg

  佐竹龍蔵

「だれかのこども」

会  期 2013年1月19日(土)~2月9日(土)
  

閉廊日:毎週日・月曜  開廊時間:12:00~19:00

 

レセプションパーティー 1月18日(金)18:30より

このたびYOD Galleryでは、佐竹 龍蔵(Ryuzo Satake, b.1987)の個展、「だれかのこども」を開催いたします。

近年における日本画界は、現代美術の世界からも注目を浴びる次世代を形成すべき1980年代生まれの作家の台頭が目覚しく、その才能を如何なく発揮しています。その世代を代表する作家の一人、佐竹龍蔵の個展を開催いたします。佐竹は岩絵具で点描という独自の技法により静寂で透明感のある色彩で描き、特定されない人物の肖像や風景の断片を象徴的に表現し、GEISAI#16片桐孝憲賞(2012年)、ART AWARD NEXT #1準大賞(2010年)を受賞するなど、その評価は日増しに高まり、次世代の日本の現代美術を担う作家といっても過言ではありません。

喜怒哀楽や身体感を希薄にし、自分の考えや感情、状況の設定や物語などのあらゆる要素を与えず、自らの影響も削り落とし純粋な人物の姿を込めた佐竹の作品は、どこか多義的であったり叙情的な情動を鑑賞者に感じさせる事ができる、新しい肖像画であると評価されてきました。また岩絵具で平筆を使いピクセルのような色の層を積み重ねる技法は、鑑賞者の絵の印象が見る場所によって変わることにより、他者との距離感や、鑑賞者の自己投影、人間の見えない本心を意識し、近づけば近づくほど明確な形と作品に対する認識を失って行きます。この境界線の無いような静かな筆のタッチと透明感のある色使いに、他者像や風景の断片が加わることによって、独特のどこか懐かしい親近感溢れる世界観を生み出しています。

当展では精力的に個展やグループ展に参加している佐竹の、原点とも言える人物画を中心とした展示スタイルで、新作をご紹介いたします。前回の京都での個展『どこでもない場所』では、風景画を中心に『そら』や『やま』と言ったシンプルな新しい題材を発表しました。その背景には、東日本大震災で人々が思い入れのある景色が一瞬で形をかえる衝撃を受け、長年離れて生活をする故郷高知への思い入れを感じている事に気がついたことがきっかけであったと佐竹は言います。誰もが持つ、土の匂い、川の音、雲のかたちといった大事なふるさとや自然に対する意識は共通し、その要素を含むどこでもない風景は一見無関係であるが、鑑賞者の記憶の中の大切な場所とつながる事ができる。そういった特定されない中性的なモチーフを描く点では、以前の誰でもない俯瞰的な肖像画を制作する意図と共通するが、自然や環境に対する思いを深く意識しながら制作された作品は、彼の中の一つの大きな変化の表れであったと思われます。そして、当展で発表される『こども』を描いた作品は、以前の誰でもなく自分の考えや感情という要素が与えられていない肖像画と違い、未来の大切なものとしての象徴が意識的に描かれています。

これまでの佐竹の評価は、岩絵具に点描という独特の色使いと筆致、そして作品群を喜怒哀楽や身体感を希薄にし、自らの影響も削り落とした人物の姿というものに偏っているように思えます。しかし佐竹の作品が持つ特徴は、高知麻紙を一貫して自分のミディアムとして表現しているように、潜在意識の中の自分自身のアイデンティティや感情の中にある本心を見え隠れさせながら、日本画の文脈の中で自由に表現しようという変革の意識の中の丁寧なプロセスの表れにあります。本展『だれかのこども』において佐竹の意識はより明確に提示され、『こども』を表現の題材とし、環境や社会を考える時にその未来を託すものとして描かれています。『こども』は親や周りの環境、科学の発達、娯楽の種類などあらゆる要素で変化し、それは自分たちの作る未来によって大きく変わります。今を批判したり、自分と比べるわけではないが、それは希望でありまた責任である。一見つながりのないように見える『こども』と『どこでもない場所』の対象間の関係は連鎖しており、将来はどうなるかわからないが大切なものをどうしていくのか、という疑問を鑑賞者に静かに投げかけていきます。象徴的に描かれている『こども』たちは、柔らかな色彩と積み重なる光のピクセルによって包み込むように描かれ、無関係と思われる他者が自分自信と重なりあわせる事により、ゆるやかな絆を持って一つの世界を共感する事ができるような、新たな展示空間をお楽しみいただければと思います。ぜひこの機会にご高覧賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。

文章・画像等の無断転載を禁じます。
COPYRIGHT(C)2008- YOD Gallery ALL RIGHTS RESERVED